2006年10月15日
大学のOB会と経営者の欲
[日記 ]
昨日は、大学時代の1年に1度のOB会があり参加してきた。といっても幹事ということもあり、どちらかというと主催者側であった。最近、こうした会の主催側をやらせてもらう機会が増えた。あまり得意な方ではなかったが、数をこなすうちになれてくるものだと感じている。
さて、こうした会に行って思うのは、やはり毎年相変わらず1歳を重ねているということだ。何も変わっちゃいないと思っていても、やはり1年の歳月は流れているわけであり、話す内容などには変化が現れている。
「○○が結婚するらしいよ」
「○○の子供が生まれたらしいよ」
「最近、残業ばっかでさ、」
「いま給料いくら?」
「貯金はどのくらいになったの?」
「転職とか考えていない?」
こんな話は、大学時代にはなかったなとしみじみ感じた。といっても、別に嫌な訳ではなく、単純に時間の流れを感じるということだ。ある時期を共にした仲間達が当たり前の生活をして、当たり前に前を向いて生きている姿は、自分もがんばろうという気が起きてくる。
一方で、「おおっぴらに夢や希望を語らなくなったなあ」なんて事も感じている。それは、現実を知っているから怖くなったのか、胸にしまいこんでいるだけなのかは計り知れない。しかし、全体として、また、年齢を重ねるたびに、そうした想いが薄く儚くなってきている気がしている。
大学院時代のMBAの講義のときに、あるベンチャーキャピタルにいた教授が「最終的に投資するかしないかは、社長の欲によって決める」といっていたことを思い出した。曰く、
人間の欲なんてものは案外簡単に充たせてしまう。良い服着て、良い家に住んで、良い車に乗りさえすれば満足する人が大半だ。しかし、経営者になる人間には、もっと大きな欲をもっていなければならない。会社の成長は、経営者の欲によって決まる。ある程度利益が出始めたところで、良い車なんて簡単に買えてしまう。そこで満足するような人に経営は務まらないし、たとえ出資し利益が出たとしても、そんなところに出資するのはベンチャーキャピタルの社会的責任や倫理として、あってはならないことだと思っている
僕は、大きな欲をもっているだろうか。自分が、良い家に住んで、良い車に乗ることが目標になっていないだろうか。別に、それが悪いといっているわけではない。でも、この程度の目標しか持っていないのであれば、その程度の人間で終わる訳だ。
一方で、良い車に乗って、良い生活をしている人を羨ましく思う自分がいたりする。自分がどういう将来を歩みたいのか、社会に対して何を訴えたいのか、何が出来るのか。そんなことを考えながら、また見つめなおさなければならない時期が来たのかな、なんて感じる夜だった。
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