2006年08月04日
教育基本法にまつわる学者と政治家
[教育全般 ]
6月の国会では教育基本法が次期国会への継続審議となった。注目されていただけに、次期国会においても注目の的になるだろう。中でも、「愛国心」を入れるのか入れないのかといったトピックが注目されているが、全体像を理解している人は少ないだろう。そういう自分も理解していないので教育改革国民会議とか、教育基本法資料室−文部科学省とかでもっと勉強しなければならない。なお、トピックも政争の具にされている面があるので、全体像はもっとぼやけてしまっても仕方がないとも言える。
一方で、こうした話の流れの際に、「政治家はまったくわかっていない」という言論が流れ出す。この枕詞のあとは、「俺だったら、何々をする」という流れだ。「俺だったら、小野をトップ下には置かないで、中村でいくな」というような流れと同じ勢いだ。
これが、サッカーのように、絶対に自分には関与できない素人が言うのであれば、どうでもいいと聞き流すところだ。しかし、これを監督候補の人間が何の責任も持たずに発言するのは問題があるだろう。
同じように、教育基本法改正についても、教育学に関与している人たちが政治を批判しているのが気になる。
「最近の○○という政治家はまったくけしからん」という論調だ。つまり、教育の専門家としての知見を求められている人たちが、単に政治批判だけを行っている気がするのだ。
単純な話として、立法権があるのは国会だけであるから、その道の専門家であろうと議員でない人間に法律を作ることはできない。専門家としての意見や見識を発表し、参考にされることはあっても、直接権限を有していない。この差はいかんともしがたいものがある。
また、この論理は、「学者の分際で政治に文句を言うな、素人が」というような論理にもっていかれやすいのではないかと思う。
確かに、教育基本法といわれても一般人は読んだこともなければ、それがどのような経緯で策定されたのかも知らない。知らないけれども、「なんとなく最近は愛国心が欠如しているワカモノが多いな」というような視点から愛国心を入れるべきだと発言している。きっと、学者からみれば、このような素人も政治家も同じように見えるのかもしれない。実際、まったく蔑んだような発言をしている人もいる。しかし、議員は選挙という仕組みで選ばれた存在であり、その力は前述したとおりだ。
きっと、小泉さんの後継者が決まった後には、この話題が再度議論されることになると思う。そのときには大勢は決まっているのかもしれないが、より良い未来を見出せるような建設的な議論をしてほしい。なんとなく身近にありながら、その詳細を全く知らないでいる人たちからすれば、学者が頼りであるから。
この教育全般カテゴリの関連記事
« ワーキングプア | メイン | 小樽短大などの小樽昭和学園、民事再生法申請 »
おすすめ情報
eラーニング専門家のためのインストラクショナルデザイン 紹介ページ
![]() | eラーニング専門家のためのインストラクショナルデザイン 玉木 欽也(監修) 齋藤 裕 松田 岳士 橋本 諭 権藤 俊彦 堀内 淑子 高橋 徹 東京電機大学出版局 2006-05 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
コメント
コメントしてください
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:




RSS