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人材育成を研究している橋本諭のブログです。eラーニング(e-Learning)や人材育成、インストラクショナルデザインを専門としており、教育工学、学習科学、OJT、ワークプレイスラーニングの研究しています。eラーニング専門家のためのインストラクショナルデザイン、企業内人材育成入門を上梓。

2005年06月28日

楽勝科目を選ぶのは、学習性無気力のせいだ

[教育全般 ]

asahi.com: 「楽勝科目」をなくせ、大学側授業向上目指す-

まったく、腹立たしい記事だ。
学生が楽勝科目を選ぶのは、大学の授業に興味をそそられるものが少なく、それでいて授業料は変わらない。一度とった授業をキャンセルする、クーリングオフする権利もない。成績評価が最終試験のみであり、なぜその成績になったのかの説明もなく、アカウンタビリティを無視している。そのような封建的な大学制度のなかで、何をやっても変わらないと感じているのではないだろうか。そこで、どうせ変わらないのだったら、楽勝科目でも選ぼうという発想。つまり、学習性無気力に陥っているのではないのだろうか。

PS:学生の皆さんであれば、かなりご意見がお持ちだと思います。リンク先を含んで是非ご覧ください。

同志社大は昨年度から、各科目の成績評価をホームページ上で公開し始めた。最高点の「A」から不合格を示す「F」まで、得点分布を掲載。同じ学部内でも、「A」の学生が8割を超える「楽勝科目」から、逆に不合格が7割近い「激辛科目」まで差が大きい。  教務部長の田端信広教授によると、これまでは教員同士ですら、お互いの採点結果は話題にしなかったという。説明責任を求めることで、ばらつく採点基準が徐々に平準化し、「勉強せずに高得点が取れる楽勝科目を徐々に改善させたい」という。

確かに、採点基準を平準化することは、評価を一定にするという面から重要なことだ。しかし、これは教育に携わっている以上当たり前のことだ。決して、特別なことではない。

一度登録をした科目を最後まで学んでもらうため、単位の最大登録数を制限したうえ、途中放棄した科目は0点と換算して成績に反映する仕組みも導入した。「授業は教員と学生の真剣勝負。本来、楽勝科目などありえない」と田端教授は言う。

単位の最大登録数を制限するということは、興味のない授業をとるなというメッセージになる。自分で興味のあるものを取ったのだから、一度取った授業は最後まで受けなさいという論理だろう。

しかし、その際、選択肢を決定付けるカリキュラムにはどの程度配慮しているのだろうか? 教員が教えたいものを教えるのではなく、学生の育成を考えたカリキュラムになっているだろうか? 適切な選択肢は残されているのだろうか?
例えば、基礎科目の単位認定レベルが専門科目のレディネス(前提条件)となっているだろうか? 同じ分野の科目が同一曜日の同一時間に開講されているなどということは起きていないだろうか?

また、それらの授業を選ぶためのシラバスはきちんとかかれているのだろうか? シラバスの内容と授業内容、成績評価基準などが変更になるのであれば、クーリングオフができない以上、立派な詐欺だ。

これらの問題は、決して同志社大学の話ではない。日本中のどの大学でも同様だ。むしろ、何らかのアクションをしている同志社大学の行動は評価できるものだろう。

学生自身にも問題はある。しかし、教員が学生に問題があるといってしまったら、教育に携わるものとして恥ずかしいのではないだろうか。決して、理想を書いているわけではない。何らかのアクションが必要だ。

投稿者 橋本 諭 : 2005年06月28日 02:35 このエントリーを含むはてなブックマークはてなブックマークへ追加

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コメント

1. 投稿者 むらかみ : 2005年06月28日 12:38[RES]

初めまして、むらかみ@京都外大と申します。私も昨日この記事を見ました。

同志社の採点結果の公表については、新聞記事などでは、”楽勝科目を廃す”という風にとりあげられてい
ますが、そういうことにはならないと思っています(「楽勝科目」って単位がとりやすい、という科目だと思うので)。ある程度基準は必要かとも思いますが、大学は絶対評価であり、無理に相対化する必要はないと思っています。(うちの大学では、複数名で担当する授業では、平均が○○点になるようにつける、といったものもあります。)

ただ、カリキュラムの編成などについては、橋本さんのご指摘どおりで、問題が山積みだと思います。例えば、学生の育成を考えてはいるのですが、狭い世界で話をされる教員がおられるのは事実です。この辺りをどうやってクリアしていくのか、というのがこれからの課題だと思います。

2. 投稿者 hashimoto@トロッコ蜜柑 [TypeKey Profile Page] : 2005年06月28日 13:13[RES]

>>1 むらかみさん
コメントありがとうございます。

>同志社の採点結果の公表については、新聞記事などで、”楽勝科目を廃す”という風にとりあげられていますが、そういうことにはならないと思っています。

ご指摘のとおりだと思います。本文中では、平準化という言葉を用いましたが、評価を公正、公平にするという観点から用いた次第です。

確かに、Aが多いからといって楽勝科目だといわれると違和感があります。対象者のことを把握し、現在のレベルのちょっと高いレベルに設定された授業であれば、全員がAを取ることだってありえる話です。ブルームのマスタリーラーニングというのは難しいでしょうが、現状のままでもある程度の個別対応はできると思っています。

そのような観点からだと、大学の対応は通り一遍等な印象があります。これは、ある大学の先生から聞いた話にですが、Aばかりの評価をつけたり、落第を少なくすると教授会に呼ばれて注意を受けるところがあるそうです。それでは、名ばかりの絶対評価であって、相対評価以外のなにものでもないなあと思ったことがあります。通り一遍等で極端。これではうまくいくはずはないなあと学生の立場からは感じてしまいます

3. 投稿者 hashimoto@トロッコ蜜柑 [TypeKey Profile Page] : 2005年06月28日 13:30[RES]

Blog @ Yui ver3.0さんのこの指摘。納得です。
http://yui.readymade.jp/blog/archives/000488.html

>ちょっと違和感があるなあ。この感じ。もっと、教える側・伝える側・供給側ががんばらないといけないのでは?と思う。

ということでトラックバックを発射します。…エラーで送れませんでした

4. 投稿者 Hiroyuki TAMEDA [TypeKey Profile Page] : 2005年06月28日 22:03[RES]

>>3 hashimoto@トロッコ蜜柑さん

こんにちは。tameです。
トラックバック、エラーでしたか…。すみません。

僕は、小学校〜高校までの先生方と付き合いつつ、一緒に授業を作っている側の人間です。
教室で授業を見たり、先生たちと授業案を作ったりする中で、「楽しいコンテンツならがんばって勉強する!」という生徒たちの姿が想像できます。

同意していただけたのが、うれしいです。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
トラバのエラーはチェックしてみますね。すみませんでした。

5. 投稿者 hashimoto@トロッコ蜜柑 [TypeKey Profile Page] : 2005年06月29日 14:15[RES]

>>4 Hiroyuki TAMEDAさん

コメントありがとうございます。

>教室で授業を見たり、先生たちと授業案を作ったりする中で、「楽しいコンテンツならがんばって勉強する!」という生徒たちの姿が想像できます。

このように考えている先生の生徒は、幸せですね。

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トラックバック時刻: 2005年06月28日 15:55

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