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2004年12月29日
論文データ改ざん、米医学誌に発表 理化学研究所の2人 - asahi.com : サイエンス気持ちはわかる。でも、それをやったらダメなんだ。ただ、データってのは微妙なもので、必ず加工はする。この加工がどの程度まで許されるのかってのが、非常に微妙なところなんだろう。
投稿者 橋本 諭 : 01:16
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2004年12月27日
livedoor 学びがオープンしたようだ。ライブドア、e ラーニングに特化した「livedoor 学び」を開設
さすが堀江貴文目をつけるところがすばらしい。
さて、その中身はというと、eラーニングとは言うものの従来の通信教育と何が違うのかが良く分からない。これから、コンテンツ含め増えていくのだろうが、大事なことに気づいていなさそうなので安心した。
しかし、このlivedoor 学びという名前が非常に面白い。サイトのトップページには、livedoor educationと出ているのにlivedoor 学び。これはどうゆうことなのだろうか? もし、コレが意図的だったら、やばいなぁ。
投稿者 橋本 諭 : 22:33
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2004年12月22日
首都大学東京、英語授業の半分外注 初年度は「丸投げ」 - asahi.com : 社会とりあえずメモ
英語の能力を上げるために、外部の講師を雇う。
この一面から見ると、非常に効果的な気がする。しかし、良く考えてみると、費用を安く抑えるがために外注を使っているともいえる。経営的に成り立たせることと、学習効果は別だということを良く考えなければならない。
また、カリキュラムという面から見てもずさんだと考えられる。カリキュラムは、長期的な視点に立って作ることが重要であるためだ。短絡的過ぎる決断は、何も産み出さないだろう。
何より、心配なのは、派遣される講師だ。ヤル気は持っていても、様々な規制により、何もできないということがありうるだろう。そのときに、業務だけをこなせば良いやというようになってしまうと、なんら効果が無いものになってしまうだろう。非常に危惧している。
しかしながら、何もやらなければ何も始まらない。これが問題提起になり、教育に目を向ける人が増えてくることが重要だろう。教育界は、聖域ではない。いまや一番改革すべき場所だと思う。
投稿者 橋本 諭 : 19:22
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それには、メリット、デメリットが存在し、それぞれについて研究が進んでいる。
さて、今回は、メリットの一部について考えてみよう。
ネットワークに接続しているということは、調べ学習などの教科書に依存しない学習ができる。教科書をネットワークに求めるということだろう。
確かにネットワークにある多種多様な知を集結させることは非常に有益なことだろう。
では、もう一歩考えることはできないだろうか?ネットワークのオープン性を教育に取り入れることができれば、何かできるかもしれない。
一つのアイデアとしては、学習評価にネットワークを用いることだ。例えば、何か特定のテーマを用いてwebサイトを作り、そのアクセス数で、成績をつけるというのはどうだろうか? 同一サーバ上でホスティングし、同一のログ解析で集計すれば、ある程度不正アクセスも防げるので、コンテンツ勝負ができる。
あるいは、昨今流行のSEOコンテストのような形で、SEOを競い合う。例えば、何かキーワードを決めて、Googleでのランクを競いあるなんてのは面白いかもしれない。
仕組みとしては、荒削りだが、評価に透明性を入れることができるのではないだろうか? 学生の立場からすると、評価はいつも先生マターだ。高等教育に進学すればその傾向はより一層強いものとなる。
こうしたオープンな評価を取り入れたら、先生にとってもウソは教えられなくなるので、自然な形でのFDにもなるのかもしれない。
投稿者 橋本 諭 : 02:06
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2004年12月20日
教員の著作権への対応は不十分 JAPET調査「学校における著作権教育アンケート調査」報告書完成!! - 社団法人 日本教育工学振興会-japet.or.jp
とりあえずメモ
投稿者 橋本 諭 : 10:33
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気付き
経営学部という学部がありながら、その中で学校経営を専門にしている先生は皆無に等しいだろう。今まで、学校経営は経営の一部と考えられてこなかったのかもしれない。しかし、今後は学校経営は経営の大きなテーマの一つとなるだろう。その中で、こうした民間がサービス行うのは、問題提起として非常に重要だろう。その一方で、経営の専門である大学の先生などが、自らをマネージできないと投げ出しているようにも見えるため、これはこれで問題であろう。
ただ、少なくとも今後は、学校経営は文部省からの護送船団方式ではなくなるので、こうした分野にニーズが生まれることは容易に想像できる。
投稿者 橋本 諭 : 09:28
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2004年12月17日
先日あるeラーニングのフォーラムに行って来た。中身は、賛否両論あったようだが、所謂ベンダーの宣伝会だけではなかったので、比較的楽しめたのではないだろうか?さて、その中で、eラーニングを評価するというディスカッションがあった。内容としては、ブレンドで実施した研修についての報告を役員にするのだが、その中身はどうしようか? ということを上司と部下に分かれて討論するというものだ。
私は、部下側になり、上司をやり込める(笑)がミッションであった。その際に、結局の所eラーニングの評価ってなによ?という根源的な質問にぶち当たった。
eラーニングを評価するというのは、難しい。カークパトリックというような歴史的に用いられているツールもある。また、最近ではインタンジブル(無形資産)と呼ばれる部分をどのように評価しようかという流れもある。しかしながら、評価とはゴールがあり、それにどの程度到達したのかが重要である為、ゴールを決めることが最優先になる。しかし、教育というそれ自体、ある意味目に見えないものであるのでゴールというものがはっきりしない。ビジネス目標と学習目標は必ずしも同一にはできないからだ。(ここからはじまる人材育成―ワークプレイスラーニング・デザイン入門P146 コラムより
)
とまあ、理論的なところや、実際上の問題などこの辺りには色々と論題はある。しかし、この議論の際に上司側の人から言われた一言が非常に気になった。その発言は、今のeラーニングの現状を表していると思うし、また私の現状を把握できるものだったからだ。その一言とは、 「学術論文を書くんじゃないんだからさ」というものだ。
学習者からのアンケート結果をどのように扱うべきかという際に、その方は、「学習者が良いって言ったらいいんじゃないの?」というようなことを発言された。また、「目的は、来年度も同様の方法で研修を行う為の予算をもらえばいいんだからさ」という表現もされた。これに対して、私は猛反発。はっきり言ってナマイキなガキだ。その際に、前述の発言が出た。
よくよく考えると、2つの問題を考えることができると思う。
まず一つ目は、私の頭の中が学術論文を書くことが中心になっていること。
以前であれば、論文を書くことよりも実践をどうしようかという所に頭が向いたのだが、今ではそれを論文にどうしようかという所まで考え始めている。ある意味では、それは成長だが、ある意味では頭でっかちになっていたのかもしれない。
もう一つは、eラーニングの現状である。
eラーニングは、教育によって何らかの課題(大抵は経営課題)を解決する為の手段だ。しかし、eラーニングというeを使った流行り言葉であるがために、目的に変わってしまっているのではないかというところだ。
評価をするという以前に、eラーニングが目的化しているのでは、適切な評価はできないだろう。まずは、eラーニングは何の為に行なうのかという目的を考えることが重要なのだと思う。
そんなことに気付かされた一日だった。
投稿者 橋本 諭 : 00:18
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2004年12月12日
アメリカでは、eラーニングが普及しているのに日本の大学はeラーニングが普及していないという意見がある。この意見に対し、新しい技術に対して、日本は保守的過ぎるというような議論につながっていく。ある意味では、これは正しいが、ある意味では全く違うレベルの話であったりする。
それがディプロマミルの問題だ。
ディプロマミルとは、平たく言うと卒業証書を売るような商売のことだ。
この辺に、詳細が書かれている。
Degree(diploma) Mill(卒業証書製造所)
国際的な質保証に関する調査研究協力者会議(第3回)議事要旨
さて、このディプロマミルは、アメリカでは大きな問題となっているのだ。それは、日本で言う文部科学省のような統一機関が無いので、大学が簡単に設立できることが底辺としてある。そして、アメリカが超学歴(学位)社会ということで、その学歴を得ようとお金で学歴を買おうとする人がいる。そのため、大学が比較的簡単に儲けることができるビジネスと考えられるのだ。
eラーニング以前であれば、キャンパスというものが必要な為、ディプロマミルを見分けるのは比較的簡単だった。しかし、eラーニングになると、大学を見分けるのはブランド名となる校名とWebサイトだけになる。ところが、相手もある意味プロなので、校名は非常に似せて作ってくるため、はっきりいって素人にはわからない。また、Webサイトは誰でも似せて作るのが簡単なため、これも素人では判断できない。
このディプロマミルがものすごい勢いで勢力を伸ばしている。確信犯的にディプロマミルから学位を買ったのなら、自己責任で済むかもしれないが、本当の大学と信じて騙される人も多々いるらしい。
実は、こうしたものもeラーニングのうちに数えられている可能性がある。つまり、アメリカでeラーニングは確かに普及しているが、こうしたいかがわしいものも多数入っているという玉石混合の状態なのだ。
もし、海外のeラーニングを受講しようと思っているのなら、一旦考えてみる方がいい。もしかしたら、その学校はディプロマミルかもしれない。そんなところで取った学位は、ほとんど意味はないし、全く勉強にはならない。確信犯なら別だが…
参考文献:

辛口のe-Learning評価
投稿者 橋本 諭 : 00:49
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2004年12月07日
極意って程ではないけれど、インストラクショナルデザインIDについて思ったこと。ベストを探そうとするから、難しくなる。
よりよいベターを探す以外にはない。
投稿者 橋本 諭 : 18:46
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中山文部科学大臣の弁
「要するに勉強しなくなったんじゃないですか。低下傾向にあることをはっきり認識すべきだ」
もちろん、その通りだと思うが、文部科学大臣としては、もう少し違う見識を持ってもらいたい。勉強しないからではなくて、教え方に問題があるのではないかというような視点も欲しいところだ。
文科相は「『僕は勉強したいから塾に行きたい』と子どもの方から親にお願いするぐらいでないといけない」と持論を展開した。
塾が悪いということではないが、塾に行かなければ勉強ができないのであれば、文部科学省が管理をする意味はほとんどないと思うのだが、違うのだろうか?
要するに勉強しなくなった 中山文科相
中山成彬文部科学相は7日の記者会見で、OECDの学習到達度調査の結果について「要するに勉強しなくなったんじゃないですか。低下傾向にあることをはっきり認識すべきだ」と述べ、世界トップレベルからの脱落を認めた。
さらに「もっと勉強しないと駄目だということを徹底しないといけない」と指摘。「日本が停滞している間に近隣諸国が追い上げてきて取り残されてしまう。東洋の老小国になってしまってはわれわれの子や孫たちに申し訳ない」と述べ、学力向上策に徹底的に取り組む姿勢を示した。
文科相は「『僕は勉強したいから塾に行きたい』と子どもの方から親にお願いするぐらいでないといけない」と持論を展開した。
投稿者 橋本 諭 : 16:11
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2004年12月06日
【目的】内定者教育、入社前研修としてのeラーニングの動向について
【対象】
現在、就職活動が終了し、内定が決まっている方で、企業より入社前研修としてeラーニングを実施するよう言われている方。
【方法】
本、blogにコメントを寄せるか、トラックバックをしていただく。
匿名で結構です。状況を教えていただけると幸いです。
参考情報:
トロッコ蜜柑@jugem出張所 | 入社前研修としてのeラーニングと労働法の問題
投稿者 橋本 諭 : 20:16
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YOMIURI ON-LINE / サイエンス
結果的には、女性研究者は結婚や出産をしないケースが多いようだ。
研究職につくような女性は、一般的に頭が良いので、あまり男を必要としないのかもしれないなと個人的には思っている。
後は、古い考え方(個人が自立して生きていくべきだ)を強く持ちすぎているようにも感じる。
まあ、あくまで個人的感想だ。
投稿者 橋本 諭 : 18:07
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2004年12月05日
ペタゴジーからアンドラゴジーへ―教育の社会学的・実践的研究ペタゴジーとアンドラゴジー。それをどう実践に生かすのか、自分のなかで答えが出ていない部分がある。理論は知っていても、実践にするのはかなり難しいのかもしれない
投稿者 橋本 諭 : 03:15
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2004年12月04日
インストラクショナルデザイン技法を活用しながら、教材設計、あるいはコース設計をする上で必ず必要になること。それは、KISSアプローチだ。KISSアプローチ(Keep it simple, stupid )とは、簡単に、単純にということだ。Webookより参照。
とかく、eラーニングの教材設計をするとなると、ナレーションに凝ってみたり、最新の技術という口上で、最新でもない意味のわからないFLASHを使ってみたりと、明らかにプロダクトアウトな考え方が多い。これでは、IDの思想からは大きく逸脱してしまう。
そういった意味では、KISSアプローチというのは、教材やコースを設計する上で重要なことだと思う。
投稿者 橋本 諭 : 13:02
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2004年12月03日
教員の養成については、非常に議論がされている。しかしながら、それが全国規模で実施されるということはあまり聞かない。小規模での実験レベルにとどまってしまうことがあまりにも多い。その問題は、文部科学省を中心とした構造がいけないのか、それとも教員一人一人がいけないのかははっきりとしないが、問題があることには間違いないと思う。
さて、著作権だけにとどまらず、ネットリテラシなどの新しい技術に伴う教育の変化は今後も続いていくだろう。また、どんどんと続けていかなければいけないと思う。その過程では、同様の問題が次々と発生していくことが予想されるので、一種普遍的な対策が必要になるだろう。 Yahoo!ニュース - 社会 - 産経新聞
全文引用
インターネットを使った調べ学習が学校の授業に浸透する中、全国の小中高校の55・1%に著作権教育の研修を受けた教員が一人もおらず、著作権保護について「認識はあるが重要とは考えていない」学校は25・8%に達していることが二日、日本教育工学振興会の調査で明らかになった。
著作権を管轄する文化庁は「子供たちに他人の権利を侵害しないよう教える先生自身が、著作権について知識が少ない」と、教員の意識改革の必要性を強調している。
書物やホームページ上の著作物をコピーする場合には通常、作者や著者の承諾が必要。しかし、教育目的の場合は、非営利教育機関が著作権者の利益を不当に害さない形で授業内のみで使用するなど、一定の条件を満たせば例外的に作者らの承諾なしに利用できる。
全国の国公私立の小中高校四千校が対象の今回の調査では、こうした例外的利用の条件を把握している教員がいる学校は10・1%で、著作権を熟知した教員が極めて少ない状況が浮き彫りに。
中には、大阪府のように公立学校の新任教諭全員に著作権に関する講座を受講させている先進自治体もあるが、学校相手に権利を主張する著作権者も少ないため、本来は著作権について教えるべき立場の学校が「著作権の観点からは無法地帯」(文化庁)になっている側面もあるという。
日本教育工学振興会では「どんな手続きを踏めば使えるか理解し、積極的に使って授業を充実させてほしい」と強調。文化庁著作権課は「国としても教師向け教材を充実させ、研修の効率を上げるなど対策を講じたい」としている。引用終わり



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